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お祭りのあとに


 この気分、まだ10歳ぐらいだった小さいころを思い出す。


9月はじめのある日、いつものウォーキングで墓地の中を通る道を歩いていると左下の方から男性同士の話し声が聞こえてきた。まだ早いがやろ、とか、まだだめやな、などと言っている。話していたのはふたりの野田山墓地の管理人で物干し竿のような長い棒で栗の木の枝をさかんに叩いていた。棒で栗を叩き落とそうとしてもまだ実が熟しておらずいくらやっても落ちてこないのだろう。そこは区画がゆったりと広い大きめの墓が集まっているところで墓地の脇に生えている栗の木は墓の真上に枝を大きく広げていた。

それから三週間ほどたった天気がはっきりしない日、予報は9時から雨だったのでウォーキングはいつもより1時間以上も早く家を出た。先日と同じ墓地の中を通る道を歩いて行くとこの前墓地の管理人たちが栗を落とそうとしていた辺りに日傘を差した人がいるのが見えた。早朝のこの曇り空に日傘か。老女のようだったがうつむいていったり来たりしている様子が墓石と墓石のあいだに見え隠れしている。墓参りではない、さては栗を拾っているのか。墓の上に広がる栗の枝を見れば大きく成長して半ば茶色に色づいたたくさんの毬栗だ。日傘は不意に落ちてくる毬栗から頭を守るためらしい。帽子ではトゲが刺さってしまう。といってヘルメットは大袈裟だ。傘はすぼめれば地面に落ちている毬栗から中身を取り出すのにも使える。なるほど用意周到だ。栗をねらっているのは管理人だけではなかった。
 10分ほど歩いてコースの折り返し地点まで行きストレッチをしてから引き返して来るとさっきの老女はまだそこにいた。栗はそんなにたくさん落ちているのか。老女は栗が好物なのかもしれないがまさか因幡の国のなんとかの入道という人の娘の末裔でもあるまい。

10月の連休初日の土曜日はいつもの時間に家を出たがぼくは途中でふと思い立ちウォーキングコースからちょっと外れて先日の栗拾い老女がいた場所に降りてみることにした。墓地は林の中のようにしーんとしてだれもいない。辺りの地面には毬がたくさん落ちていたがどれもこれも中は空のようだった。栗の実も見当たらない。どこかにひとつふたつ落ちていないかと近くをちょっと探してみたが栗はひとつも見つけられなかった。あの老女はきょうも栗拾いをしたらしい。あるいはほかにも栗拾いをする人がいるのか、いても不思議はない。うつむいていったり来たりしながら、しかしこの気分は・・・、と小さいころの神社のお祭りを思い出していた。


こどものころ住んでいたところでは春と秋に近くの神社のお祭りがあってそれは三日間続いた。家の玄関にはお祭りの数日前から町内の家々を繋ぐように注連縄が張られ神社の境内は参道の両側にずらり香具師の夜店が並んだ。ぼくは近所の仲良しと一緒に夜店に行ってそれはもう楽しかった。自分の町内の神社のお祭りが終ると次の週は隣の町内の神社のお祭りだった。隣の神社の境内はこっちよりずいぶん広くてその分夜店も盛大だったからそっちの夜店にもみんなで行った。そのころは10円でいろんなものが買えたがお祭りの初日に家を出るとき母親からもらった50円のお小遣いは隣のお祭りではもらったその日にさっさと消えた。

ある年の秋祭りだったと思う、ぼくはお祭りが終ったその翌朝早くにひとりで神社に行った。なにをしに行ったのかって。年上の子から聞いた話を実践しようとしていた。夜店はその夜のうちに撤収していたが境内の清掃は翌日の昼だったから朝は夜店のあったところにいろんなものが落ちていた。だれもいない境内でうつむいていったり来たりして参道に散らばるゴミの中から目ぼしいものを探した。ビー玉や当りクジの景品のおもちゃの指輪や小さなメダルなどが落ちていておもしろいと聞いていたのだが、ぼくはなにも見つけられなかった。それでも、きっと予想していたのだろう、だまされたと思った記憶もがっかりしたという記憶もない。ただちょっと寂しい気分だったのかもしれないという気がする。

あのころは日本中が今のように豊かではなかったし今なら当たり前にある便利なものはなにもなかったがその分時間はのんびりと穏やかに流れていた。いや、それは年を取った今だからそう思うのかもしれない。


栗はもういいとウォーキングコースに戻ろうとしたときどこか向こうの方でポトリと大きな音がして静寂の墓地に響いた。栗が落ちたのだ、音がした方へ行ってみるか、とは思わなかった。ぼくはそのままコースに戻った。
 しばらく行ったところで、ああそうだ、と先日見つけたアケビを思い出した。数日前にもうそろそろキッコウハグマの超小型タービンのような白い花が咲くころだと入ってみた林の中で形の良いアケビが五つほど大きな木のうしろで手を精一杯伸ばせば届く高さのところに葛の葉の下に隠れてぶら下がっているのを見つけていた。その場所に行ってみるともういい感じの紫色になって開く直前に見えたのでたぶんこれだなと見当をつけて手を伸ばしてつかんだ蔓をグゥーと引き寄せると五つのアケビはスルスルと下りてきて簡単に採れた。 2026年10月12日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)

 キッコウハグマ 2016年10月31日 野田山


写真:虎本伸一

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